12月に開催される祭り
12月に全国で開かれる祭りの中から、いくつかをピックアップして紹介します。
新穀の粉で作った白粉を顔に塗りつけて豊作を感謝し占うおしろい祭り愛媛県の大山祇神社に伝わる神事です。大山祇神社は「山の神」とも呼ばれ、元来「女の神様」とされることから、神がお化粧をすることを意味する祭りと伝えられています。 新米(初穂)を粉にして水でといた「しとぎ」を顔に塗るもので、氏子の繁栄と新穀の豊作への感謝と翌年の五穀豊穣祈願を目的に行われてきました。おしろいの顔への付き具合で翌年の作柄を占う風習もあります。 当日は午後2時頃から宮座が始まり、宮司による祓いと祝詞奏上の後、拝殿で氏子全員が膳につきます。座元がしとぎを持ち出し、宮司の顔から順に氏子全員へ塗り広げていきます。塗られたおしろいは家に帰るまで落としてはならず、帰宅後に牛馬の飼料に混ぜると無病息災のご利益があるとされています。詳細を見る
えびす様を担いで激しい炎の中を渡る勇壮な裸火祭りやっさいほっさいエビス信仰と修験道が融合した火渡神事で、複数の由来が伝わります。最も広く知られるのは、蛭子命が三歳になっても立てず天磐樟船で海に流されたところ石津の浜に漂着し、これを知った村人たちが焚き火を焚いて「やっさいほっさい」と叫びながら神を暖めたというものです。「やっさいほっさい」の名称についても、薪の数が百束と八束だったことから「八百束・八束」がなまったという説、百八束の藁から訛ったという説、火渡り直前の裸の男たちが押し合いながら発する掛け声に由来するという説など諸説あります。 祭りでは氏子の年男から選ばれた「戎さん(神人)」が神木を積み上げた「とんと」に点火し、「やっさいほっさい」の掛け声とともに火渡りを三回繰り返した後、境内を三周して拝殿へ入ります。薪の燃え残りを持ち帰ると厄除けになるとされています。詳細を見る
狐や天狗が赤塗りの棒で顔に紅を塗り無病息災を祈る長松寺 どんき愛知県豊川市の長松寺に祀られる秋葉三尺坊大権現の火防大祭にあわせて行われる行事で、220年以上の歴史を持ちます。 当寺第六世・天令和尚の代に下佐脇村の村人が秋葉三尺坊大権現を遠州秋葉山より勧請し、境内に秋葉堂を造営したことに始まります。境内の灯籠に天明8年(1788年)の銘があることからその頃に祀られたと考えられ、「どんき祭り」はその後人集めの余興として始まったとも伝えられています。 「どんき」の名称は、白狐が持つ撞木(どうぼく)が転じたという説や、打ち鳴らす際の音に由来するという説があります。 当日は大般若経の読経と行列の後、白狐2人・赤天狗・青天狗が子どもたちを追い回し、捕まえた子の顔や体にベンガラを塗りつけます。古来より赤は魔除けの色とされており、塗られた子は年中無病息災のご利益があると伝えられています。詳細を見る
雪が舞う極寒の大晦日、裸の若者らが水を浴び五穀豊穣を祈る飯詰稲荷神社裸参り起源は江戸時代に遡るとされ、新田開発に取り組んだ氏子たちが村の発展を祈願し、酒や魚、五穀などを稲荷神社に奉納したことに始まると伝えられています。祭神は宇賀魂神で、宝暦年間の勧請と伝わりますが、それ以前の絵図に記載があることから、勧請はさらに古い時代にさかのぼるとみられています。 年の暮れ、まわしに白足袋、裸に鉢巻姿の若者たちが宿に集まり、水樽で身を清めたのち行列を組んで出発します。先頭に揃いの半纏に鼻白化粧の女性たち、続いて注連縄や俵、じゃばら、鏡餅を担ぐ裸姿の若者たち、五色の幟を運ぶ一団、笛や太鼓、鉦の囃子方が続きます。行列は「サイギ、サイギ、ドッコンサイギ、稲荷サマサ、ハチダイ、コンゴウドウサイ」と唱えながら稲荷神社へ参詣します。沿道の住民は水を用意し、通り過ぎる若者たちに浴びせかけ、無病息災と五穀豊穣を祈る行事となっています。詳細を見る- 諸手船神事『古事記』に記される国譲り神話に由来する神事です。大国主命が国譲りの意向を確認するため、美保関で釣りをしていた事代主命を諸手船で迎えに行ったという故事を再現します。古くは八百穂の祭りとして陰暦11月中の午の日に行われていたと伝わります。 宵祭りには甘酒が献じられ、司の舞・巫女舞が奉納されます。翌日の午前中に新嘗祭が執り行われた後、午後から諸手船の神事に移ります。白装束の氏子が9人ずつ二手に分かれて2隻の諸手船に乗り込み、美保関港へこぎ出します。2隻は互いに水をかけ合いながら港内を巡り、折り返し後は船首に立てたマカツという飾りを携えて本殿まで競走し、先に神前に捧げた側の優勝となります。宮司との問答で神事を締めくくります。 諸手船は2本の材木をくり抜いてつなぎ合わせた古代の丸木舟の様式を伝える船で、重要有形民俗文化財に指定されています。詳細を見る
- あえのこと(招きの神事)奥能登地域(輪島市・珠洲市・穴水町・能登町)の各家に伝わる農耕儀礼です。「あえ」はもてなし、「こと」は儀礼を意味するとされ、稲の生育と豊作を約束する田の神をあたかも実在するかのように迎え入れてもてなす行事です。古式と厳格さを色濃く残す点で全国的にも貴重とされています。 収穫後の12月5日頃、主人が田へ赴いて鍬を打ち込み、労いの言葉を述べて田の神を家へ案内します。風呂に入れて背中を流す所作を行い、籾俵に座らせた上で新米の甘酒や二股大根などの御膳を一品ずつ説明しながら供します。田の神は夫婦神で目が不自由とされるため、所作のたびに言葉を添えます。田の神はそのまま家で越冬し、翌年2月9日頃に再び風呂と御膳でもてなされたのち、主人に伴われて田へ送り返されます。詳細を見る
- 霜月祭り長野県飯田市の遠山郷(上村・南信濃地区)に伝わる湯立て神楽の祭りです。旧暦の霜月(11月)、現在は12月に各集落の神社で行われます。冬至に向けて太陽の力が衰え、冬至を境に再び盛り返すという自然の節目に、神と人と自然界すべての生まれ清まりを願う祭りとされます。夜に神を迎え一夜を徹してもてなし、夜明けに送り返すという日本古来の祭祀形態を残しています。 神社内の竈に湯釜を据え、聖なる湯を何度も立てる湯立てが繰り返されます。湯は神々に捧げられるとともに参加者も浴びることで命の清めとよみがえりを願います。湯釜から立ち上る湯気は全国の神々を招き寄せる架け橋とされます。 祭りは地域によって釜の数・笛や銅拍子の有無・面の構成などが異なり、大きく4つの系統に分かれます。木沢系統では四人の若者が荒れ狂う「四面」が登場し、笛が加わった囃子に合わせて優美な舞が奉納されます。和田系統は太鼓のみの囃子で動きの激しい舞が特徴です。詳細を見る
- ねんねこ祭和歌山県の無形民俗文化財に指定されており、神功皇后の皇子愛育の故事に由来すると伝えられる数百年の歴史を持つ例祭です。五穀豊穣への感謝と子安信仰・子孫繁栄の祈願を兼ねた祭りとして受け継がれています。 早暁に「ごはもち少女」が米と榊を納めた桶を頭上に捧げ持ち、鈴の音に合わせて一歩ずつ約1時間かけて拝礼所まで歩く道行きで幕を開けます。本殿前での修祓式に続き、社務所では神官と少年2人ずつが巻きござ・赤い枕・乳房の布形を順に肩にのせ「ねんねこ、ねんねこ、ころろんよ」と唱える子守神事が行われます。一連の祭典が終わると、高池から習得したと伝わる古座流の獅子舞が約2時間にわたって奉納されます。詳細を見る
- 今年の締めくくりと新年の願いを込めた笑いの神事笑い講笑い講は、鎌倉時代から続くとされる大道小俣地区の神事です。紋付袴で正装した講員たちが榊を手に「ワーッハッハッ」と三回笑いあいます。その年の収穫への感謝と翌年の豊作への祈願を込め、一年の間にあった苦しみや悲しみを笑いによって払うという趣旨を持ちます。全国的にも類例の少ない笑いの神事として知られています。詳細を見る
読みもの
実際に祭りを訪ねたレポートや、祭りの歴史・楽しみ方を伝えるコラムをお届けしています。
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